【あらすじ】

「恋」

誰もが一度は抱いたことのある感情。
本来ならば、淡く、青春のひとつとして開いては閉じる花のような存在。
それは美しく散ることもあれば、華やかに咲き誇ることもある。
移ろいゆく日々に彩りを添える、美しい想い。

…しかし、世界には他者への興味など微塵も持つことが出来ない人々がいる。

人は目標を持ち、目指すものを志、高みを目指す生き物だ。
日々の歩みを経て、目指す何かを掴もうと努力する。

そんな、努力を全く行わず、生きる人物がいた。
血の池地獄の鬼、名を時雨といった。

見ただけで見本以上を習得し、聞いただけですべてを理解できる頭の良さと回転の速さ。
恵まれた身体能力に、基礎ポテンシャルの高さ。
努力などとは無縁のその男は、生まれながらに天才と呼ばれるにふさわしい才能を持っていた。
誰もがうらやむような美貌、女性ですら溜息をつくほどの完成された存在。

…ただ一つ、欠如していたものを除いて。彼は完璧だった。

完璧すぎる彼は、不完全な同胞を『ヒト』としてみようとしなかった。
表面だけの関係。希薄な感情。
どれもこれも欠落した無機物(ごみ)のように思えるヒトでは、彼の感情を育てることは出来なかった。

月日は経ち、順調にエリート街道を突き進んでいた男の目の前に『第四裁判所秘書』としての勧誘通知が舞い込んだ。


欲のない彼は適当に了承。そして、誰もがうらやむ秘書としての座を何なく手に入れた。男は思っていた。

【所詮王であろうと、欠陥品に過ぎない】と。

しかし、仕えるべき先の王への態度は至極良好だった。笑顔を絶やさず柔らかな口調と品行方正。非の打ち所のない完璧な【秘書】を演じた。
男は完璧だった。

ただひとつ、大きな誤算をしていた。
否、男は分かっていて『そう』ふるまったのだ。

第四の王、名を普賢という。
美しいその容姿とは裏腹に、純粋な心をもった少女のような女性だった。
彼女は体の中に生まれつき『天秤』を有していた。
それは人の嘘を見抜く天秤。
質問をすれば、どんなにうまく嘘をついていても、答えが分かるのだ。
だから、彼女は『疑う』ことを知らなかった。

彼女は完璧に嘘をつき続ける男に怒ることはなった。
ただ、笑った。

花のほころぶような笑顔で「お前は私にできないことが沢山できて凄いね」と。
心から、褒めたのだ。

色あせたような世界をただ生きる男。
それは、変わることなく続いていくものだと思っていた。

…しかし。

「恋」

それは本来であれば、美しく尊い、もの。
世界を鮮やかに変える、魔法のようなもの。

魔法は彼を変えた。世界は色を帯び、満たされなかった空虚に光を添えた。
…そして彼は知る。

受け入れられないという事実が、どれだけ心を蝕むかということを。
本来であれば、唯のほろ苦い思い出に変わるだけのことだ。
過去を思い出し、ちくりと痛む程度の、そんな思い出になるだけの。

しかし。
彼がとった行動は…。

「ただ、貴女の眼に映りたかっただけです」

月日を追うごとに歪んでゆく、美しいはずの感情は、次第に腐を帯び、ただれてゆく。
嫌悪と好意の境界線、歪んだ先に見えるものは…。