うたのは*15thアルバム『冥境アナムネーシス』

冥界、そこは現界より至る死者を裁き、来るべき来世への橋渡しを行う場所である。
中陰と呼ばれるその世界を、10人の王で統制、統括している。

その中でも最も古く、絶対的な力をもつ王がいる。名を裁原聖と言った。
冥界の歴は長く、人の及ばない時間より、彼は生きていた。
そう、冥界と呼ばれる世界が出来たころから、一人で。

一人きりで生きていた男は、其の全てを憎みそして全てを愛していた。
永遠に続く世界を一人きりで生きる、それはとても孤独だった。

男は自身の力を使い、自分以外の王を作り始めた。
同じ孤独を背負い、同じ時間を生きる者として。
1人、1人とその人数は増えていった。

男は自身に仕える者として『人』を創り出した。
今でいう『鬼』と呼ばれる種族に他ならなかった。

ヒトは増えてゆき、そして死んでいった。
時を経るごとに種族は増し、気づけば創り出したことのない異形の者も増えていた。
のちに『妖』と呼ばれる類のヒトだった。

そうして、今の冥界が出来上がった。
人が人を裁き、人を廻らせる。罪を裁き、人を赦し、愛する。
鬼が闊歩し、妖が蠢く現世とは異なる、世界だった。

業より深い、業。
しかし、同じような責を負うものが出来ても…彼の中に巣食う深い苦しみは増す一方だった。

**

日本の歴にして平安と呼ばれる世。一人の女の腹に生が宿った。

…しかし産まれたその子供の髪は、翁のように白かった。
その目は琥珀を埋め込んだかのよう、そして、肌はどの村人よりも白かった。
光に当たれば、金糸のように光るその髪。

人は、自分たちと異なるものを恐れる。

村人たちはその子供を怖がり、拒絶し、親もまた、子供を隠すようになった。

異端児と呼ばれ、迫害され、追いやられた子供はじきに
『化け物』として扱われることになった。

人々は畏怖の対象としてこう呼んだ。

????『鬼』と。

**

同じころ、冥界は黎明期を迎えていた。
同じ王を創り出したというのに、孤独感はぬぐえず、仕えさせるために創り出した鬼は自身の欲を求め始めた。
次第に個体の違いを持ち出し、数が増えるごとにそれは細分化されていった。

思い通りにならない憤りはやがてはけ口を求め
男は同胞のはずであった王をいたぶり始めた。
その矛先は、次第に鬼や妖にまで向けられることになった。

無理難題を突き付け、気まぐれに折檻を繰り返す。
男の暴挙はとどまることを知らなかった。

それでも、誰も太刀打ちすることは叶わなかった。
男は、それだけの力を有していた。

統率のとれない冥界は混乱を極めていた。


**


次第に刃向かうものもいなくなり、男は自身の行為に焦燥感を抱くようになった。
何も生まない、何も返ってこない行いに、男は飽きたのだ。

すると、今度は気まぐれに現界に降りるようになった。
浄玻璃鏡で見ていた下界を自身の目でみたいと思ったのか
単なる暇つぶしかは定かではなかった。

男は、ふらりと降り立ち、いずれ死に、自身が裁きを下すであろう人々を見て回るようになった。
平民から貴族まで。その暮らしぶりをふらりと降り立ち見て帰る。

下界の何かに干渉することはなかった。
…男もまた『監視』されている事を知っていたからだ。

ただ、現世にいるひと時だけは、全てから解放されている気になったのかもしれない。

男は裁きを行った後、ふらりと何処かへ消えることが多くなった。

**

数年後。男はとある村に降り立った。
それは…浄玻璃鏡にたまたま映った、とある子供の住む村だった。

その村は一人の少年を暗い暗い穴ぐらに閉じ込めていた。
旅人は言った。

「この村には『神』がいる」と。

人々は畏怖し、恐怖したその対象が成長するにつれ
人ならざる者とみなすようになった。
それは畏怖を通り越した神格化。
恐怖を克服するための、逃避行動に他ならなかった。

男は、『神』を一目みたいと村人に詰め寄るが、村の誰もがその事を否定した。
誰も、『神』の事を言うことはなかった。

村人たちは口を閉ざし、少年を『そもそも存在していない者』とした。
神は『陰?オヌ?』 …居ないもの。目に見えぬそれはつまり『鬼』であり『神』である…と。

男は、笑った。
どこまでもヒトは同じ、自身の考えが及ばぬものを恐怖し、畏怖し、遠ざけるのだと。

????現界も冥界も、中身は同じなのだと。

**

その日の深夜。
見張りの者たちの目を盗み、男は崖に面した洞窟へと足を進めた。
長い年月を経た鍾乳洞の奥深く。巨大空洞のさらに奥。

そこに、『神』と『鬼』と呼ばれる少年はいた。

冥界にいる妖のような色を持った少年だった。
しかし、下界では…日本と言う地域では見たことのない色を持っていた。
少なくとも、亡者にも、今まで立ち寄った村や貴族の中にも同じような色はいなかった。

色素が薄いというには薄すぎるその少年。

ろくに外にも出してもらえずに、けれど死ぬことがないように
最低限の食事だけを出される生活と、日に当たらない生活がこの色を創り出しているのだろうか。
世が世なら絶世の美少女と言われても不思議ではないほどに、その少年は美しかった。


誰の目にも触れることのないように。
しかし殺すことも出来ずに。
ただ生かされ続けるだけの少年。

産まれた折から暗い暗い、日の届かない暗い場所で。
鬼と呼ばれ蔑まれ、手のひらを返し神と呼ばれ恐れられ…。

そう、それは。
『同じ、孤独を有しているのではないか』と。
男は、思った。

***

男はその日から『神』と呼ばれる孤独な少年の元に訪れるようになった。
気づかれないよう、遠くから見るだけのそれ。

男は待っていた。

鬼が、堕ちてくるのを。
神が、堕ちてくることを。

時が経てばいずれ人は死ぬ。
そうすれば自分の元へとやってくると、男は踏んでいた。

そう、男は次第にそれを楽しみに思うようになった。
少年が何を選ぶのか。

????『自分の境遇を呪い、堕ちる』ことを。

男は、望んでいた。
暗く深い闇を見続けてきた男は、自分と同じような境遇の少年が『自分と同じ』考えであると、そう思っていた。

しかし。

少年はいつまで経っても、変わらなかった。
涙ひとつこぼさず、自身の境遇を嘆くようなこともなく。
ただ、そこにいた。

気が遠くなるような時間を一人で、ただそこにいる。
たまに来る食事係と話す言葉はない。

男は、背中に何かが走るような感覚を覚えた。
それは、感じたことのない畏怖だった。

**

数年後。
男が待ち望んでいた日がついに来た。

いつものようにふらりと訪れたその村は沸き立っていた。
何事かと村人に問えば『神』が天へと還る日が来たのだというのだ。

内心は『ようやく厄介者がいなくなる』というところだろう事は明白で
男は笑顔を張り付けながら腐った村人たちを野次った。
しかし男の中に巣食っていた感情も、似たようなものだった。

『堕ちる』であろう子供が、いかに『堕ちてくる』か。

その興味で久方ぶりに胸が高鳴っていたのだから。

**

いつも見ている場所には、大勢の男たちが取り囲んでいるのかと思いきや。
見慣れない女が一人、そこにいた。
少年は酷く嬉しそうな顔で、女を見ていたが、女は違った。

少年とあまり似ていないその女は、酷く醜く顔をゆがませ、駆け寄った少年のほほに平手を打ち込んだ。

よろけ倒れこむ少年に、追い打ちをかけるように足でけり上げるその様は、地獄で罪人に折檻を繰り返す鬼そのものだった。
歪んでいなければそれなりに美しいのであろうその顔も、結いあげた髪も美しい着物も、その表情が全てを台無しにしていた。

女は金切声で何かを叫んでいた。その叫びを聞き、少年の顔は悲しそうに歪んでいった。洞窟内で反響したその言葉は決して許されるとは思い難い罵倒の言葉を女は行きつく間もなく、並べ立てる。

自分がいかに肩身の狭い思いをしたか
自分にとっていかに少年が邪魔だったか
自分のお陰で生きながらえたことに感謝しろ
そして最後に役に立てと

女は歪んだ顔で少年をけり上げて笑いながら言った。

「お前がようやく役に立つときが来たんだ。酔狂な旦那がお前を『買いたい』とさ!」

少年は言葉の意味を理解できていなかったのだろうか。
蹴り飛ばされたみぞおちを両手で押さえながら、必死に笑顔をつくっていた。
その少年の表情を見て、女はさらに顔をゆがめた。

「…気持ち悪いんだよ!」

もう一度けり上げようとしたその足を。
今までされるがままだった少年が掴んだ。
必死にすがりつくその姿は子供が母に求める愛情そのものだったのに。
女は悲鳴を上げてその両手を、その体を引きはがそうともがいた。

男は何をするでもなくその一部始終を見ていた。
ただ、見ていた。

女が半狂乱になりながら、少年を引きはがそうとした折に。
バランスを崩し、鍾乳洞から足を滑らせたことも。
少年が頭を殴られ、女を掴み続けることが出来なかったことも。

全て見ていた。

女が落下したその瞬間、空中で叫んだ最後のひと言も。
少年が伸ばした手の小ささも。
何も見えない真っ暗な闇の底で何かがはじける音が反響したことも。
初めて少年が泣いた声も。
泣き叫んだまま、その闇の中へ自身を落としたことも。

全て見て。
何も、しないのだ。

ただ、見ていた。

そして『神』は消えた。
一人の女と、母と共に。

**

かくして。
男の望んだとおり、少年は堕ちてきた。

「はじめまして、君の名前は?」

分かっていて、問いかける。
少年は地面をじっと見つめるだけで、問いかけに答えることはなかった。

男は知っていた。
彼に名前など存在しないことを。

「だんまりかい? じゃあ君がここにくる前に何をしたのか教えてよ」

男は繕った笑顔を張り付け、少年を見下ろした。
明らかに委縮した子供に、男は続ける。

「答えられない? そうだよねぇ。だって君、お母さん殺しちゃったんだもんねぇ?」

その言葉に、少年はびくりと身体をこわばらせ、両手に握りしめていたぼろぼろになった着物の裾を握った。震える子供鬼追い打ちをかけるように男は笑う。

「酷いねぇ。お母さん殺しちゃうなんて。地獄だよね! 地獄!!」

男は知っていた。
あれは『事故』であると。
第四裁判所までの資料にも書かれているのは『事故』であると。
罪状を軽くというつけたしと温情を持ってと書かれた書面。
それらを全て男は『見なかったことに』した。

「ねえ、何か言いたいことはないの? 話せないの? 何か言ってごらんよ!」

男は笑いながら少年を凶弾した。
そう、彼は望んでいた。

『堕ちてくる』ことを。
人は誰しも自分が大事だ。
化けの皮が剥がれれば見えるのは、エゴとどす黒い利己。
堕ちてくればいいのだ。
そしてその先にある孤独に気付けばいい。

自身と同じように、孤独を享受すればいいのだと。
男は笑った。


しかし。

「…僕が、お母さんを殺しました」

涙をこぼしながら、震えながら、少年は静かにそう答えた。

「……」
「いちばん、えらい、おうさまとききました。…ぼくを、じごくにおとしてください」

少年は、しっかりと言い放ちました。

「馬鹿じゃないの?」
「……」
「母親殺しは無間地獄だよ。一番罪の重い地獄。鬼に嬲られて、つぶされて、この世の全ての苦しみを凝縮した場所だよ」
「はい」

男は、冥界で一番の『力』を持っていた。
それは自身の力を分け与えた『人』を造り出せるほどに強大な力。
万物の根源。捻じ曲げる力。

それは神のような力だった。

ある王は『人の心を読める』力を持っていた。
ある王は『人の罪を計る天秤』を持っていた。

男は、嘘を見抜く力を持っていた。
王として必要な力だった。

人の業と欲を忌み嫌うのは、分かってしまうからだ。
見えてはいけないものが見える。自身を嫌う呪いのようなことばが見える。
腫れものを触るような言動が透けて見える。

しかし。

この少年からは。
男への憎悪も、嫌悪も、呪うような言葉も、感情も、何一つないのだ。
膨大な時を生きてきた男が、初めて抱いた畏怖。

「馬鹿なの? それとも意味が分からない? 君地獄に行くって意味分かってる?」
「…はい」
「あのさぁ!!!」

堕ちてこないのだ。
どこにもいない。
感情が、醜く尊い人としての感情がそこにはなかった。
ただ。

ただ、ぽっかりと。

「……君は」


虚無。


否。


「…そうか。そう」


神の子は、教育を受けてこなかったのだ。
感情を育てる教育を。

男が見ていた限り、この子供が聞いていたのは、門番の言葉、食事係の言葉。そして。
洞窟を伝ってくる、村の子供たちの言葉。

そして村に関らない旅人。
修行僧。
仏の教え、崇高な感情。

自分とは、違う。
自身を呪い、自身を恨み、それでも死ぬことが出来ない焦燥を感じることはないのだ。
それを知らなければ、きっと。

男は思った。
ならば。


ならば、育ててみるのも一興だと。



何も知らない子供が『堕ちる』ように。
自分と同じ悲しみまで堕ちてくるように。


「…君はさ、罰を分かっていないね」
「?」
「うん、それじゃあ意味がないんだよね。『苦しみ』を知らない子を落としても罰にならないもの」

村と言う世界でたった一人、どの人間とも違う『鬼』と呼ばれた子供。
冥界と言う世界でたった一人、どのヒトとも違う『王』と呼ばれた人。

全てを赦し、全てを愛し、全てを憎んだ男がとった行動は、決して行ってはいけなかった 『禁忌』

「ほら、これで同じだ」

男の手によって産まれたのは決して存在してはならなかった存在。

忌み嫌う『鬼』
人として産まれながら『人』と認められなかった少年

「…え?」
「おめでとう! これが君の罰だよ!」

歪んだ悲しみの果てに産まれた、歪んだ思考は同胞を望み
決して相容れないものを、産んだ。

世界の法則を捻じ曲げた代償は、拒絶としてそこに産まれる。

「…君に罰を与えようね。君は…」

解決するのは時間ではない。
そこに関心をもって初めて成立する共存時間。

交わらない平行線を無理やり捻じ曲げた先にあるのは
共存の時間か、並行する時間か。

「君は、この世界で唯一の『半鬼』だよ。鬼でもない、もちろん人でもない。唯一の、異端者だ」

異端の子とされた少年と
孤独な王との

長い長い年月を、今ここにひも解いてみようか。


モドル