「決して外へ出ては駄目」

そう言って、テルミナは少女を残して出て行きました。
背中に蝶々の羽をもつ不思議な少年は、苦虫をかみつぶしたような顔で少女を見ています。
明らかに『お荷物置いていきやがって』という顔をしていましたが、少女は気にしません。
置いて行かれたことに対して、とても怒っていました。

この空間は何もありません。
けれど思い描いたものは大抵生まれる不思議な場所です。

初めは怒っていた少女も、諦めを知ったのかその空間でおとなしく遊ぶようになりました。
…と思いきや、おとなしく遊んでいたのは初めだけで、気づけば何処かへと遊びに行くようになってしまいました。

背中に羽をもつ少年、リュカはテルミナとの約束さえ守っていればそれでいいと結論付け、彼女を野放しにしました。

決して超えてはいけない『境界線』より先へ行けないようにカギをかけ、ミラを自由にさせていたのです。

時を経て、彼女もそれなりに大人になった折。

その悲報を伝えに来た男の名前は、リシャールといいました。
背の高い綺麗な、しかし笑わない目が特徴の男でした。

ミラはリュカとリシャールに詰め寄りますが、リュカは口を開こうとしません。
そこでミラはこっそりとリシャールに問いかけました。
リシャールだけは笑わない目のまま、口元を緩やかに上げ、言いました。

「君が超えられない境界線を超えれば、真実にたどり着けるかもしれないね」

ミラはその言葉を聞き、超えられない境界線を目指しました。
そして。

「決して出てはいけない」

とされていたその先へ進みました。
全ては、大事な友人の真実を知るために。

2.トラブル★トラブル―外交の街ノワールにて―


ミラが初めて降り立ったのは外交の街『ノワール』と呼ばれる港町でした。
沢山の定期便が往来する街は活気にあふれていました。
この街には船頭の女神と呼ばれる女性がいて、それで船旅事故が少ないのだと、船人はミラに笑いかけてきます。

ミラはこの街がすぐに好きになりました。

さまざまな街や国の民芸品に、魚や果物の市場。
呼びとめられては試食をもらい上機嫌でミラは街を駆け抜けていきました。
人ごみの中、ふとミラの目に留まったのは。
黄緑色の髪の毛が綺麗な、女か男か一見見分けのつかない子供でした。
なぜ気になるのかは分かりませんでした、しかし。
子供もまた、ミラを見ていたのです。

こんなに人が多くいる中、そこまで近くもない距離でしたが、なぜか目が合いました。
ミラは不思議に思い声をかけようとしました。

そのときです。

「おい、いってぇな!」

前方不注意でぶつかってしまったのは、この街でも有名なあれくれものの一人でした。
街の人たちはさざ波が引いてゆくように言葉少なに素通りしてゆきます。

「ごめんなさい!」
「ごめんで済んだらなぁ、騎士団はいらねぇんだよこのガキが!」

この言葉に、初めは殊勝に謝っていたミラもカチンとスイッチが入ってしまいました。

「はぁ!? アンタらがこの道我が物顔で堂々とど真ん中歩いてるからいけないんじゃないの? っていうか謝ってるのにその態度なに? ガキだっつって見下すなら許す位の広い心でも持ったらどう!? あ、でもだめか、そもそもせまーーーい心しか持てないからそんな人を馬鹿にするような態度しかとれないでしょ? あー可哀想!」

…その後どうなったかは言うまでもありません。
あれくれものは頭から湯気が出るほど立腹し、ミラに向かって拳を突き出してきたのです。
これには遠巻きに見ていた街人も驚き、あるものはミラのその後の姿を想像し、目を覆いました。

「ちょっとアンタずっと見てないで助けなさいよね! 可愛い女の子が一人暴君に襲われてるの見てるだけとかそんなのないわよ!」

ミラは自分よりも明らかに大きいその男の拳を流し、男に謎の一発、ボディブローをかましながら叫びます。
叫んだ先には『え!? なんで僕だけ!?』という表情のまま固まっている子供でした。

「あ、あの、僕は貴方のこと知らないんですけど…」
「知らないから知らんぷりなの? あんたには優しさってものがない訳!?」
「え、えええ?」

少女に突っかかっていた男は地面に倒れ伏し、動かなくなっていました。
とりまきは慌ててその男を2人がかりで抱え上げ逃げるように去って行きましたが、ミラはその男にもともと興味がなかったのか追いかけることもなく、先ほど見かけた子供に向かって足を進めました。

「ね、君さぁ、男の子? 女の子?」
「…男、ですけど」
「何が出来る?」
「え? えええ!? な、何も、とりたてて…」
「嘘言わないで、私には分かっちゃうんだから。ほらー、一応腰に剣もつけてるじゃない。それは飾り?」
「か、飾りじゃないけど…」
「魔法は使えるの?」
「使えないです。その、回復魔法くらいなら…ちょっとは」

その言葉に、ミラはにんまりと笑いました。少年は『しまった』という顔でミラを見つめ返します。
とても素直な少年なのでしょう。顔によく出る表情はくるくると変わります。おもに、可哀想な意味で。

「決まり。ねぇ、君の名前は? 私はミラ。ちょっと野暮用でね、旅を始めたんだけど魔法ってやつがからっきしでね、一緒に旅をしない?」
「…え。ええええええ!?」
「見たところ一人だよね? 実はさっきから君に目をつけてたんだ。追いかけてたらあの男たちにぶつかっちゃったのよ。君のせいでもあるわけねさっきの」
「そ、そんなの僕は知らないですよ!」
「旅人でしょ?」
「そ、それはそうですけど」
「一人でしょ?」
「…そうですけど」
「じゃあいいじゃない。ちょっとだけ、ね?」

少年の名前はリンといいました。
推しに弱いのか、ミラの気迫に根負けしたのか、結局ミラと一緒に旅をすることになりました。
こうしてあれよあれよという間に、ミラは旅仲間を一人みつけ、意気揚々と旅を進めるのでした。

3.外の世界―ザハトゥの森中にて―


あれよあれよと言う間に気づけば二人旅になっていたミラとリン。
旅を進めていく先、二人が差しかかったのはザハトゥの森でした。

「森というより、公園みたいね」
「…確かにそうですね」

そこはうっそうと茂ったおどろおどろしい森ではなく、小鳥のさえずりが聴こえ、道は舗装され、とても快適な森でした。道行く人々もいれば、馬車も通る。みんな立て札や地図を見ながら進みたい道へと歩んでいきます。

「なんだか避暑地みたいねここ」
「…避暑地、確かに」

木々の合間を縫うように家が立ち並んでいます。
何処かの貴族の別荘でしょうか、とても奇麗に整備されたそれらに住む人たちは、各々外でご飯を食べたり本を読んだりと優雅に過ごしていました。

そんな中、ふと目についた家に少女がいました。
リンが何気なく見ていると、少女と目が合いました。
慌てて目をそらしたリンをしげしげと見ていたミラは急に駆け出し、部屋の中にいた少女と共に家から出てきたのです。

「な、な、何してるんですかミラさん!」
「え? なんか恋の予感がしたから」
「そんなことないです!!!!」

リンは慌ててミラが連れてきてしまった少女に頭を下げましたが、少女は特に怒った様子もなくふんわりと笑いました。
少女の名前はミルク。彼女は遠くの町から療養のためにこの別荘に来ているのだといいました。

「私、あまり外に出られないの。良かったら、私に二人が見てきた旅のお話を聞かせてくれませんか?」

ミラはここぞとばかり一泊の宿と引き換えに冒険話をすると話をつけ、ミルクの家へと入って行きました。
残されたリンは慌ててミラの後をついていったのでした。

4.刻の暦廻―占いの街シーファンにて―


ザナドゥの森を出るころには、ミラもリンもお互いの今までの旅路が少し分かったこともあってか距離が少し縮まったように感じていました。
かねがね気になっていたリンの丁寧な口調についてもミラが言及し、少しずつではありますがちぐはぐだった彼らの溝は埋まってきたのかもしれません。

そんな中立ち寄ったのは占いの町と呼ばれている『シーファン』

沢山の占い小屋が立ち並ぶバザールでは、不思議な香りのお香や、占いグッズ、開運グッズであふれていました。

「…リュエンに雰囲気が似てる」
「リュエン…って、リンが前に立ち寄った場所のこと?」
「うん、ちょっと怪しげな感じが…あれ?」

旅の食糧を買う度に問いかけてくる開運グッズ売りを断りながら、旅支度を進めていた二人の目の前で、いざこざですと言わんばかりの大声を張り上げた店主が客の首を掴んでいました。

先ほど通り過ぎた占い小屋の店主と、黒いフードをかぶった、黒髪の男でした。
何も言わずに首根っこを掴まれぐらぐらと揺さぶられたままのその男と、怒り心頭と言わんばかりに声を張り上げる店主。

トラブル好きのおせっかい体質であるミラが放っておくわけがありませんでした。

「ちょっとちょっと何してるの店主さん!」
「何だ! 俺は今ものっすごく怒ってるんだ!」
「怒っている理由を聞かせてよ、じゃないとただ喚いてるだけのおかしなおっさんにみえるよ?」
「! ちょっとミラ!」

その一言で店主の怒りは爆発したのか、ミラに向けて怒りだしました。
リンはおろおろしながら二人の罵倒合戦を聞いていましたが、慌てて先ほどまで首を掴まれていた黒いフードの男に駆け寄り、少し離れたところでやり過ごすことにしました。

ざっと20分くらいでしょうか、罵倒合戦に終止符を打ったのはミラで、またしても手をあげかけた男をふっ飛ばし、合戦終了としたのでした。

「…なんだか、前と同じような展開の気がする」

頭を抱えたリンをよそに、ミラは黒いフードの男を弾丸トークであれよあれよという間に、旅仲間に加えていました。

男の名前は黒曜。魔法使いで、先ほどのいざこざはいかさまを指摘して、店主を怒らせたということでした。
店主のいかさまが本当か嘘かは定かではありません。
しかし、黒曜からは途方もない力を感じたリンはその不思議な力に違和感を感じ始めていました。

そう。今まで。

穏やかにしか感じたことのなかった人の色。
それがこの旅を通してだんだん色濃く見えるようになってきていたのです。

今までは漠然としか感じたことのなかった『人』の色。
それは、彼らを取り巻く色でした。

ミラと目があったのも、ミルクと目があったのも、黒曜にあったのも、みんなリンが色に気付き、彼らを見ていたからでした。

色は誰もが同じ色ではありませんでした。
ミルクならば白、黒曜は黒。ミラは、とても不思議な色をしていて、コロコロと色が変わるのでした。

誰彼かまわず感じるのではない、不思議なつながり。
リンは道中不思議な洞窟に迷い込み『導き』を得た時に言われた言葉を思い出しました。
導きの洞、名前をシェルエと言いました。

その洞で出会った長い髪の美しい男が言った言葉を思い出したのです。

「君は、人の運命を交差させる力を持っている。…必然の色を見出し、自然と交差させるのだろうね」

彼が言っていた言葉をその当時のリンは分かりませんでした。しかし。
今なら、分かる気がするのです。

自分が持っている赤い宝石もまた、淡く赤い、神神しい色を放ち
水たまりに映った自分の周りにも、黄緑色の色がまとわりついていたのですから。

4.5 黒曜


町を出てすぐ。
ミラは洞穴を発見しました。

華やかな町にそぐわないそれは、大きな口をぽっかりひらいたまま、じぃっとそこに鎮座しています。まるで、誰かを誘うように、ただぽっかりひらいたまま。
冒険心をくすぐるのでしょうか。
好奇心の塊といっても過言ではない彼女は嬉々としてその洞穴の中に飛び込んでいってしまいました。危ない、とか慎重に、などという言葉は彼女の辞書に存在していないのでしょう。

洞穴の入り口に取り残されたリンは大きなため息をつきました。
深い深い洞穴にも負けないくらいの、大きなため息です。

「…行かないのかな? お連れさん行っちゃったけどさ」

先ほどまで無口を貫いていたぬっと大きな黒い塊のような男は、リンにそういいました。その口調は先ほどまでとはどこか違いました。
先ほどまで、頷くか、話しても一言ぼそりとつぶやくだけだった男からは想像できないほど、さらりと、その言葉はつむがれたのです。

「ああ、驚いた? さっきはごめんね。シーファンでこれ以上目立つわけには行かなくてさ」

そういいながら男は目深にかぶっていたフードを脱ぎ捨てました。

「……」

リンが息を呑んだのも無理はありません。
先ほどの真っ黒いフードの中からでてきたのは、真っ赤な服をあつらえた男でした。

「…め、目立ちますね確かに」
「でしょう? 俺はこういうの嫌いじゃないんだけどさ。目立つんだよねやっぱり」

口調もどちらかといえば軽薄…よく言えば話しやすいその口調に、リンは目を丸くしっぱなしです。

「別に、別人とか、替え玉とかじゃないよ? 改めまして。俺は黒曜。宜しくね。リンくん」
「……よ、よろしくお願いします」

にっこりと人のよい笑みを浮かべて手を差し伸べてくるその男をまじまじとみるリンの目は白黒したまま。どこか腑に落ちないようで、小首をかしげたままうーんうーんとうなっています。

「…えっと、俺そんなに疑われるような格好かなぁ」
「あ、えっと。いえ。その…」
「ちょっと2人何してんのーーー!!!!!」

言葉は、勝手に突っ走っていったミラの大声にかき消されました。
二人で顔を見合わせ、真っ暗なその先を見つめます。
遠くのほうからぼやけて聞こえるその声に、思ったより深い洞窟であることを悟ったリンは苦笑しながら言いました。

「黒曜さん…ミラはあんな感じなんですけど…この先その、大丈夫ですか?」
「忠告ありがとう。俺が耐えられなくなっても、逃げ出す前には君に相談するよ」

5.つむぐもの―ロロ砂漠にて―


リン・ミラ・黒曜の三人で旅をしている途中に出会ったのは大きなキャラバンでした。
世界中を旅しているという踊り子の女性はとてもきらきらした笑顔で、彼らに一泊の宿を提供してくれました。

夜の特別公演。
手品や大道芸、そして。
座長だという女性の美しい踊りは星空の下でもひときわ輝いて見えたのでした。
リンには見えました。
アシュラフから発される黄緑色の美しい色が。

世界中を旅しているというアシュラフにリンは赤髪の旅人、そしてミラは滅びたテルミナの話を聞きました。
しかし、めぼしい手掛かりはなく、どれも知っていた情報でした。

肩を落とすミラとリンにアシュラフは、旅先で聞いてみるよと約束してくれました。
それは小さな小さな希望の光でした。